チャバネゴキブリとの戦いを、これほどまでに困難で、絶望的なものにしている最大の要因。それが、彼らの「卵」、すなわち「卵鞘(らんしょう)」の存在です。この卵鞘が持つ驚異的な特性を理解しない限り、チャバネゴキブリの根絶は不可能です。クロゴキブリなどが、卵鞘を産み付けた後は放置するのに対し、チャバネゴキブリのメスは、その卵鞘を、孵化する寸前まで、自分のお尻の先に大切にくっつけたまま、持ち歩きます。これは、卵を乾燥や外敵、そして殺虫剤から守るための、極めて高度な繁殖戦略です。メスは、最も安全な場所で、最も適切なタイミングで、卵鞘を切り離し、幼虫を孵化させるのです。そして、この卵鞘そのものが、まるで鎧のように、非常に強固なバリア機能を持っています。硬いタンパク質でできた殻は、燻煙剤や殺虫スプレーといった、多くの殺虫剤の成分が内部に浸透するのを防ぎます。そのため、たとえ家中の成虫や幼虫を一掃できたとしても、安全なシェルターの中で守られた卵は、何事もなかったかのように成長を続け、数週間後には、次世代の兵士として、再び活動を開始するのです。これが、一度駆除したはずなのに、ゴキブリが繰り返し現れる「リバウンド現象」の正体です。この絶望的なサイクルを断ち切るためには、二つのアプローチしかありません。一つは、プロの業者が行う「ベイト工法」です。ベイト剤を食べたメスは、巣に戻って死に、その死骸を、孵化したばかりの幼虫が食べることで、毒が連鎖し、次世代をも根絶やしにすることができます。もう一つは、燻煙剤を使用する場合、「孵化のタイミングを狙って、再度使用する」という計画的なアプローチです。初回の使用から、約2〜4週間後にもう一度、燻煙剤を焚くことで、生き残った卵から孵化した幼虫を、彼らが成長して繁殖を始める前に、叩くのです。チャバネゴキブリの卵は、彼らが仕掛けた、最も巧妙な「時限爆弾」なのです。
チャバネゴキブリの卵、その絶望的な現実