家の中に侵入したハエを、迅速かつ確実に退治するための最も強力な武器、それが「殺虫剤」です。シューッと一吹きするだけで、あれほど素早く飛び回っていたハエが、数秒後には力なく床に落ちる。この劇的な効果は、一体どのような仕組みで、ハエの寿命を一瞬で終わらせているのでしょうか。市販されているハエ・蚊用の殺虫スプレーの多くに含まれている有効成分が、「ピレスロイド系」と呼ばれる殺虫成分です。これは、除虫菊という植物に含まれる天然の殺虫成分「ピレトリン」を、化学的に合成して作られたもので、人間などの哺乳類に対する毒性は低いながら、昆虫に対しては非常に強力な神経毒として作用します。ハエが、このピレスロイド系の薬剤に触れると、その成分は、主に皮膚や、気門(呼吸するための穴)から、速やかに体内に吸収されます。そして、体内に入った薬剤は、ハエの神経系へと到達し、そこで「ナトリウムチャネル」と呼ばれる、神経細胞の興奮を伝達するための重要な部位に作用します。ピレスロイドは、このナトリウムチャネルを、常に開きっぱなしの状態にしてしまいます。これにより、神経は過剰に興奮し続け、正常な情報伝達ができなくなります。その結果、ハエは痙攣(けいれん)を起こし、飛行能力を失い、やがて全身が麻痺して、死に至るのです。私たちがスプレーを噴射してから、ハエが狂ったように飛び回り、ポトリと落ちるまでの、あの数秒間の出来事は、彼らの体内の神経系が、まさにパニックに陥っている状態なのです。この即効性の高さが、ピレスロイド系殺虫剤の最大のメリットです。また、最近では、この神経系への作用とは異なるアプローチで、ハエの寿命を縮める製品も登場しています。例えば、マイナス数十度の冷気を噴射して、ハエを物理的に「凍らせて」動きを止める、殺虫成分フリーの冷却スプレーです。これは、薬剤を使いたくないキッチン周りや、小さな子供がいるご家庭でも、安心して使用することができます。科学の力は、不快な訪問者の短い寿命を、さらに短く、そして安全に終わらせるための、強力な味方となってくれるのです。