真夏の深夜にキッチンの電気をつけた瞬間、冷蔵庫の影へと消えようとする黒い影と遭遇したあの時の戦慄は今でも忘れることができませんが何より私を絶望させたのは彼らのしぶとすぎる生命力そのものでした。慌てて手に取った強力な殺虫スプレーをこれでもかというほど浴びせかけ真っ白な霧の中で悶絶する姿を確認しこれで終わったと確信した数分後、捨てようとして戻ってみるとそこには動かなくなったはずの死骸はなくどこか別の隙間へと這い上がった形跡だけが残されていたのです。あの絶望感は体験した者にしか分からず科学的に裏付けられた彼らの薬剤耐性と驚異的な回復力を身をもって知らされた瞬間でした。ゴキブリは殺虫剤に含まれる成分に対して急速に耐性を発達させる能力を持っており一度死にかけた個体やその生き残りが生んだ次世代はより強力な化学物質にも屈しないスーパーゴキブリへと進化を遂げるというのですから恐ろしい限りです。また彼らの身体を覆う硬い外骨格は物理的な衝撃に対しても非常に強くスリッパで叩いた程度では内臓が飛び出すような致命傷を負わせることは難しく、平らな身体を活かして衝撃を分散させながらわずか数ミリの隙間に逃げ込むその執念にはある種の畏怖すら覚えます。さらに驚くべきは彼らの繁殖への執着でありメスは一生のうちに何度も卵鞘と呼ばれる頑丈なケースに入った卵を産み落としその卵鞘は殺虫剤の成分を一切通さないほどの完璧なガードを誇っています。親が死の間際に放出した卵鞘から数十匹の幼虫が数週間後に孵化するという事実は彼らの生命が個体を超えて種としていかに強固に守られているかを証明しています。暗闇の中でカサカサと音を立てる彼らの存在は単なる不快感を超えて生物としての圧倒的な敗北感を私たちに植え付けます。水一滴、パン屑一つで一ヶ月を生き抜き、毒を浴びてもなお立ち上がるその生命力の前では人間の築き上げた清潔な文明などあまりに脆いものに感じられてなりません。あの夜、逃げ出した一匹が今も壁の裏側でこちらを窺いながら着々と仲間を増やしているのではないかという恐怖は一度彼らの真の生命力を目の当たりにした者にとって消えることのない呪縛のようなものなのです。