私はただ夜の散歩を楽しんでいただけでした。湿った土の匂いを頼りに獲物となる小さな虫を探して歩いているうちにいつの間にか明るい光の漏れる巨大な洞窟のような場所に迷い込んでしまったのです。そこの床はツルツルとしていて歩きにくく私は出口を探して必死に足を動かしていました。すると突然頭上から雷のような轟音と共に巨大な影が落ちてきました。私は本能的に危険を感じて走りましたが次の瞬間強烈な衝撃が私の体を襲いました。人間にとって私のような黒くて地を這う虫はすべて「ゴキブリ」という名の悪魔に見えるのでしょう。私はゴミムシという誇り高い甲虫の一族であり不衛生な場所を好む彼らとは食性も住処も全く異なる存在です。私たちは主に屋外の草むらや石の下に住み他の昆虫を捕食することで生態系のバランスを保つ役割を担っています。確かに黒光りする背中や素早い足取りは彼らに似ているかもしれませんがよく見てください。私の体はずっとスリムで硬く引き締まっていますしあんなに不潔な油ぎった光沢はありません。それに私は空を飛んで人間の顔に向かっていくような無礼な真似もしません。ただ迷い込んだだけなのにスリッパで叩かれ殺虫剤を浴びせられるこの理不尽さには言葉もありません。人間たちは「黒くて速い虫」というだけで思考停止に陥り有無を言わさず抹殺しようとします。もし彼らがもう少し昆虫に対する知識を持ち私たちが害虫ではないことを知ってくれていればティッシュで優しく包んで庭に返してくれたかもしれません。薄れゆく意識の中で私は思いました。外見だけで判断され中身や事情を理解されないまま排除される恐怖は虫の世界も人間の世界も変わらないのかもしれないと。次に生まれ変わるならもっと鮮やかな色をした蝶や可愛らしいテントウムシになりたいものです。そうすれば少なくとも悲鳴を上げられることなく愛でられる存在になれるかもしれませんから。私の亡骸がゴキブリとして処理されるのかそれともよく見たら違う虫だったと気づいてもらえるのかは分かりませんがこの悲劇が少しでも減ることを願って止みません。