静寂に包まれた図書館は知の聖域のように見えますがその裏側では資料保存担当の職員たちによる害虫との果てしない攻防戦が繰り広げられています。ある公立図書館のバックヤードを見学させてもらうとそこには家庭の本棚とは比較にならないほど厳格な管理体制がありました。図書館にとって最大の敵はシバンムシや紙魚そしてカビでありこれらが一度発生すれば貴重な郷土資料や絶版となった書物が永遠に失われる恐れがあるからです。彼らが採用しているのはIPMと呼ばれる総合的病害虫管理の手法でこれは化学薬剤による燻蒸を極力避け環境制御によって虫の発生を防ぐという考え方です。書庫内には至る所に小さな粘着トラップが設置されており職員は定期的にこれを回収して顕微鏡で捕獲された虫の種類と数をカウントします。たった一匹のシバンムシが見つかっただけでもその周辺の資料を徹底的に調査し発生源を特定するというから驚きです。もし被害が確認された場合かつては薬剤ガスによる燻蒸が主流でしたが人体や環境への影響そして紙資料へのダメージを考慮し現在では二酸化炭素処理や低酸素処理といった方法が採用されています。これは資料を密閉空間に入れ酸素濃度を極限まで下げることで虫を窒息死させる方法で時間はかかりますが安全性が高く資料への負担も少ないのが特徴です。また資料を受け入れる際のチェック体制も厳重です。市民からの寄贈図書の中に虫が紛れ込んでいるケースが少なくないため一時保管庫で一定期間隔離し問題がないことを確認してからでないと書庫には入れません。職員の方の話では最近は段ボール箱での持ち込みがリスク要因になっているそうです。段ボールの波状の隙間は虫の隠れ家や産卵場所になりやすいため図書館では保存箱には中性紙で作られた専用の保存箱を使用し段ボールは極力排除しています。さらに温度二十二度湿度五十五パーセントという基準を二十四時間三百六十五日維持するための空調コストも馬鹿になりませんが文化遺産を次世代へ継承するためには必要な経費として計上されています。私たち利用者が普段何気なく手に取っている古い本が綺麗な状態で読めるのはこうした職員たちの地道な努力と科学的な管理のおかげなのです。図書館での戦いは派手なものではありませんが日々刻々と変化する環境データと向き合い小さな予兆を見逃さないプロフェッショナルたちの眼差しによって支えられています。その姿勢からは本を一冊の物体としてだけでなく人類の記憶そのものとして守り抜こうとする強い使命感が伝わってきました。私たちが家庭で本を守る際にも湿度管理や早期発見といった彼らの知恵は大いに参考になるはずです。
図書館の裏側で続く害虫との静かなる攻防